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INTERVIEWプログラミング教育について、識者と考えます

脳科学者が教える「賢い子」に育てる方法
~プログラミングは論理的思考を養うか

取材・文 中川明紀/写真 布川航太

「脳の発達は幼少期の教育で決まる」「つめ込み教育は脳の成長を阻害する」など、さまざまな議論がなされている脳と教育というテーマ。まだまだ未知の領域が多い脳において、研究の現場では、教育との関連をどう見ているのでしょうか。また、2020年にスタートするプログラミング教育は脳にどのような影響を与えるのか。脳科学者の細田千尋先生に話を伺いました。

Profile:細田 千尋

東京女子大学文理学部英米文学科卒業、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科博士課程終了。国立精神・神経医療研究センター、国際電気通信基礎技術研究所脳情報研究所を経て、東京大学大学院総合文化研究科の生命環境科学系・認知行動科学で脳科学を専門に研究を続ける。科学技術振興機構のさきがけ研究員でもある。現在は、プログラミング能力獲得を可能にする神経基盤の解明と脳可塑性を誘導する学習法の開発に取り組んでいる。

学習を続けられる人と、続けられない人の差は脳にある

――基本的なことから伺います。脳科学とはどのような学問なのでしょうか。

脳はヒトを含む動物の生命活動を司り、さらに行動や知性、感情をコントロールする組織です。脳の仕組みや成長を調べることで、感情がどうして起こるのか、言語・認知機能の発達や老化にどう影響しているのか、また、人工知能への機能の適用などを研究、解明する学問が脳科学です。

――とても幅広い学問ですね。細田先生はどのような研究をされているのでしょうか。

長期的な学習によって脳のどの部位にどのような変化が起こるのかを、過程とともに調べることが現在の主な研究です。たとえば英語学習。約130人の脳を調べたところ、英語の能力が高い人ほど右の前頭葉の容積が大きいことがわかりました。さらに、このうち22人に4か月間の英語学習プログラムを受けてもらい、その前後の大きさをMRI(磁気共鳴画像装置)で比較したところ、プログラムを受けていない人に比べて右前頭葉の一部が平均6%増えたのです。

――前頭葉は人間の運動や言語、感情、思考を司る場所だと言われています。

そうですね。これまでは言語能力には前頭葉の左側が関わっているとされていましたが、今回の実験で右側も関係していることがわかりました。さらに、学習をやめると英語力の低下とともに容積も戻ってしまうことも判明しています。

――学習は継続することが脳にとっても大事だということですね。

「3歳までに脳は80%決まる」などとよく言われますが、この言葉だけを捉えてしまうのは危険で、早い段階で完成するところもあれば、ゆっくり発達するところもある。前頭葉は全般的にとてもゆっくり、10代になっても発達すると言われていますし、以降も回復や再構築が起こります。それがなぜなのかはまだ解明されていませんが、つめ込むのではなく、長いスパンで学ぶことが大事なのは確かです。

――なるほど。

でも、実はもう一つわかったことがあるんです。英語学習プログラムの学習者は最初47人いましたが、4か月後の終了時には22人になっていました。みなさん、IQもさほど変わらず、モチベーションも高かったのに、半数の人たちが途中でドロップアウトしてしまったのです。

――学習を続けられる人と続けられない人がいる? なぜでしょうか。

あらかじめ調べてあった学習前の脳を比較したところ、前頭葉の一番先方にある前頭極に違いがみられました。学習をやりきった人はこの前頭極が発達していたのです。つまり、前頭極が発達している人は目標達成ができますが、発達が小さいと目標を立てても途中でやめてしまう傾向があることがわかりました。

――三日坊主という言葉は脳科学的にも実証されるわけですね。それは英語学習に限ったことなのでしょうか。

そこがポイントで、英語学習に特異的なのか、学習内容に依存しない普遍性をもつものなのかを調べるために、今度は「ハノイの塔」というゲームを使って実験をしました。あるルールにもとづいて円盤が積み重なった塔を移動させるゲームで、プログラミングにおけるアルゴリズムを学ぶ際にもよく使われるものです。これをやや難易度の高い内容にしてやらせたところ、やはり最後までやり切れたのは半分。脳のデータを見ると英語学習と同じように前頭極に違いがみられました。

――何に対しても一緒という可能性が高くなった。

運動学習でも同じような結果でした。つまり、前頭極を調べれば、目標達成ができるかできないかを予測することができるのです。

目標を達成させるためには「褒める」のがいいのか、「怒る」のがいいのか

――前頭極の発達によって目標達成率が変わってくるということですが、未発達だとわかったら学習意欲をなくしてしまう可能性があるのでは……。

そうなんです。そこで次に学習時に「褒める」ことを取り入れた実験を行いました。課題を3つクリアしたら褒めるグループと、20以上クリアしないと褒めてもらえないグループに分けて、同じプログラムを実施したんです。このときはピアノの練習を課題にしましたが、褒める回数が多いグループはすごく達成率が上がったんです。彼らの脳を調べたところ、指を動かすのに関連する部位とともに、前頭極も発達していました。

――前頭極の発達は先天性ではなかったということですか。

ほかの課題でも同様の結果が出るか今後も研究を重ねる必要はありますが、教育環境を変えることで目標に対する結果が変わってくる可能性が高いといえます。つまり、なんらかの目標を達成できない人も学習の方法や教え方を変えることで脳が発達し、目標の達成につながると考えられるのです。

――たくさん褒めることが大事なのでしょうか。

一つの方法としてはよいと思います。ただ、褒められてもうれしいと思わない人もいるので、「性格特性」を踏まえるとより効果的かもしれません。性格特性にはいろいろな分け方がありますが「褒める」で考えると……アメリカの精神医学者ロバート・クロニンジャーのパーソナリティ理論では人格を形成する因子の中で「新奇性探求」「損害回避」「報酬依存」「固執」という4つの「気質」があります。

――「気質」とは無意識に反応したり行動したりする性質で、遺伝的要素が高いとか。

はい。この場合、「固執」は「報酬依存」に似ている部分があるので、わかりやすく3つで考えてみましょう。まずは「報酬依存」。これは先ほどの褒めるほど伸びる人たちです。ただ、金銭などの具体的な報酬を与えればいいというわけではありません。「アンダーマイニング効果」と言われているんですが、内発的な動機に対して報酬といった外発的なものでモチベーションを上げようとすると、かえってやる気を失ってしまうことがあるんです。報酬が当たり前になると、その価値が下がってしまうということです。

――もので釣る学習はよろしくないということでしょうか。ではどのようにすればいいのでしょう。

彼らの場合、目標を達成できたことが一番の報酬になるので、常に達成感を与えてあげることが大事だと思います。具体的には、いきなり難しい目標を立てずに、段階的な目標を立てるといい。「自分でできた」という喜びを一つひとつ積み重ねていくことが、飽きずに本来の目標にたどりつく道だと考えられます。

――コツコツ勉強していくタイプですね。「損害回避」の人はどうでしょうか。

このタイプは女性に多いと言われていますが、自制心が強く、自分が持っているものがなくなることに危機感を覚える傾向があります。最初に報酬を与えて、勉強しなかったり、テストの点数が悪かったりしたら、その報酬を取り上げるようにすると、なくなることを恐れてがんばるタイプです。つまり、鼓舞するには褒めるより、注意したりして、心配させるようにすることで力を発揮すると言えますね。「これ以上、怒られたくない」「損害を受けるのは嫌だ」と思うからです。

――そうすると、本人の実力より少しレベルの高い学習内容を与えたほうが、必死に取り組みそうですね。

そうかもしれませんね。ただ、あまり怒りすぎてもやる気を失ってしまう場合があるので、さじ加減が重要だと思います。

「新奇性探求」タイプは興味を持つと自分で掘り下げていくので、目標をどんどん与えてあげれば、達成するために自分でがんばっていきます。

――つまり、子どものタイプを見極めた教育法が大事だということ。しかし、どうやって見分ければいいのでしょうか。

大人の場合は診断テストがあるんですが、子どもは普段の生活で見極めていくことです。たとえば、ものを人にあげられない子は「損害回避」の傾向が強いと思いますし、見たこともない新しいおもちゃを与えたときに興味を持って遊べる子は「新奇性探求」かもしれない。気質は遺伝要因が高いと言われているので、親兄弟と比べてみるのも方法かもしれません。

プログラミングも脳を育てる

――2020年から小学校でプログラミング教育が始まります。細田先生はプログラミングによる脳の研究もされていますが、プログラミングによって脳は変わるのでしょうか。

まだ研究を始めたばかりですが、プログラミングによって前頭葉の一部が発達することが確認できています。物事をまとめたり、順序立てて論理的に考えたりするときに使われる部位です。プログラミングに長けた人の脳は同じ前頭葉の論理的思考を司る部位の発達がみられますが、これについては先天的か環境によるものかはまだ研究中です。

――いずれにせよ、プログラミングによって論理的思考が養われるというのは、脳科学的にも証明できるんですね。

そうですね。それから、プログラミングの能力は知能とは関係ないんだなとも思いました。この研究の被験者は大学生だったのですが、高い知能指数の人でもできない学生はいるし、いっぽうで知能は高くなくてもプログラミングに長けている学生もいました。

――先天的にプログラミングの得手不得手があるのかもしれませんね。

おそらく、先天的にも後天的にもあると思います。たとえば、父親がプログラマーで小さいころから触れていたらものすごく得意だったりしますが、その場合は遺伝要因と環境要因どちらも考えられる。プログラミングにおける脳科学の研究はまだほとんど行われていませんので、次は小中学生で調べてみるなど、この先も研究を進めていくつもりです。

――細田先生はご自身の研究から、学習において大事なことは何だとお考えですか。

プログラミングでも英語でも、学習の習慣をつけることが大事だと思います。そのためには、まず何でもいいのでやり続けるクセをつける。

――学習でなくてもいいのですか。

10段の階段を毎日5回上り下りするとか、誰でもできることでいいんです。5回が辛ければ1回でもいい。毎日300段上るなど、できそうもないことは挫折感を植え付けるのでいけません。毎日やらなければならないと思って続けることで前頭葉の機能がのびて、「遊びたい」「寝たい」といったほかの欲求もコントロールできるようになります。意識せずに続けられるようになったら、本来達成したいことを始めるのです。

――そこに先ほどのタイプ別教育法を取り入れていく。

そうですね。子どもの場合は興味を持っているものなど、続ける習慣がつきやすいテーマを与えてあげて、習慣がついたら本来の目標にスライドする。プログラミングも今から習慣づけておくと、授業が始まったときに抵抗なくできるかもしれません。一日5分でも10分でもいいし、毎日できなければ週3回でもいい。まずは習慣をつけることから始めてみてください。

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