イノベーションを起こす人材の育て方とは?
21世紀型スキルとプログラミング教育

取材・文 中川明紀/写真 布川航太
21世紀を生きるために必要な資質・能力を定義した「21世紀型スキル」。東京渋谷区が、2017年9月から区立の小中学校の生徒にひとり1台のタブレットを配備することで話題となっていますが、これも21世紀型スキルを身に付けるためのものだそう。21世紀型スキルとは何か。また、2020年に導入されるプログラミング教育とどのような関りがあるのか。学習環境の構築などを専門とする公立はこだて未来大学教授・美馬のゆり先生にお話を伺いました。

Profile:美馬 のゆり
電気通信大学電気通信学部卒業後、ハーバード大学大学院で教育学を、東京大学大学院で認知心理学を学ぶ。コンピューターと教育、認知科学の幅広い視点から、学習環境デザインや科学コミュニケーションなどの構築、普及活動を行い、公立はこだて未来大学、日本科学未来館の設立計画策定に携わる。設立後は大学では教授、科学未来館では副館長(2003~06年)を務める。著書に『理系女子的生き方のススメ』(岩波書店)、共著に『「未来の学び」をデザインする―空間・活動・共同体』(東京大学出版会)など。
21世紀型スキルが、これからの教育の指標となる
――2020年から始まる教育改革に伴って、最近注目を集めている「21世紀型スキル」という考え方ですが、一体どのようなものなのでしょうか。
21世紀に入って、グローバル化やIT化で社会は急速に変化しています。これまでは与えられた仕事を正確にこなす能力が重宝されてきましたが、いまやそれでは対応できなくなっています。決められた手順でデータを処理したり、物を組み立てたりするような作業もAI(人工知能)やロボットが素早く正確に実行してくれます。
これからは、より専門的な知識や創造力によって新しいものを生み出す力が求められます。そのために必要な能力を定義したのが「21世紀型スキル」です。
――具体的にはどのような内容なのでしょう。
「ATC21S」というアメリカやオーストラリア、イギリスなどの6か国のIT企業と教育機関で組織された団体が定義したもので、4つのカテゴリーに分かれています。ひとつ目が「Ways of Thinking(思考の方法)」。物事を筋道立てて考える論理的思考力や、新しい価値を生み出す創造力を指しています。自分が何を学んでいるかということを意識的に考えるメタ認知力も含まれます。
――自分の思考回路を理解しておくと効率よく学べたり、新しい考えを生み出すことにつながるということですね。
そうです。2つ目は「Tools for Working(仕事をするための道具)」です。ITはどんどん発展していきます。その中でITの仕組みを理解し、機器を使いこなす能力は欠かせません。また、膨大な情報の中から真偽を判断し、価値ある情報を選んで利用できる力もここに含まれます。
次に、「Ways of Working(仕事の方法)」。昔のように天才がひとりいれば成り立つ時代ではありません。特技や母語、文化の異なる人たちと協力して仕事をするチームワークやコラボレーションの力が重要になるということです。
――母語や文化の違いは最後のカテゴリーにもかかわってきます。
はい、4つ目は「Ways of Living in The World(世界で生きていくための方法)」です。自分が「地球市民」であることを意識して、異なる国の人たちとどう共生していくか。また、自分の生活する地域に貢献するにはどうしたらよいかということを考える力です。この4つのスキルは文部科学省などの日本の教育機関でも重視されています。

――21世紀型スキルに合わせて学校教育も変わっていくんですね。
教訓のように暗誦させたり、公式を覚えさせたりしても実行できるようにはなりませんからね(笑)。
プログラミングで大事なのは仕組みを理解すること
――2020年から学校に導入されるプログラミング教育も、21世紀型スキルのひとつと言えるのでしょうか。
プログラミング教育というと「Tools for Working(仕事をするための道具)」として、言語やスキルを習得することばかりが注目されていますが、私はプログラミングを通して学べるものがより大事だと思っています。
――「学べるもの」とはどのようなことでしょうか。
ITが身近になり、様々な場面で人間の思考を助けてくれます。たとえば、Amazonで商品を購入すると、サイト上やメールでおすすめの商品が紹介されるようになりますよね。これは、購入履歴のデータをコンピューターが解析して、好みを予測しているのです。
さらにITが発展すると、病気の治療法をコンピューターが提案するようになるかもしれません。ドクターひとりだと専門外の知識が少なかったり、読める論文の数も限られたりしますが、コンピューターは何万・何十万もの論文や治療法をデータ化し、症状に合わせて瞬時に提示できます。
――コンピューターの診断によって治療の幅が広がるわけですね。
医療に限らず、このようなことが衣食住のあらゆる場面で起こるようになります。ただ、コンピューターが推奨するのはあくまで統計から導き出したもので、必ずしも正解ではありません。すべてを鵜呑みにしては危険です。だから、コンピューターがどのような意図でプログラミングされ、どのように答えが導き出されるのかという仕組み「アルゴリズム」を理解しておく必要があるのです。
――仕組みを理解していれば、その情報の真偽や確度も踏まえたうえで判断できるようになりますね。
そうです。すべての人がプログラミングを扱う仕事に就くとは考えにくいですが、コンピューターを使う機会はどんどん増えていきます。プログラミング教育で最も大切なのは、まずは仕組みを理解することだと思います。

――なるほど。しかも、プログラミングの仕組みを理解することで論理的思考力が身に付くとも言われています。
プログラミングは論理的に組み立てていくものです。コンピューターに実行させたい作業を順序立てて正確に記述する必要がありますから、思考能力は養われるでしょう。
ただ、単純にプログラミングをやるだけでは、さほど効果は得られないと思います。プログラムが動いたら、なぜ動いたのかをしっかりと理解すること。さらに、一部を変えることでほかのものに応用できるのではないか、といった次のステップにつなげること。意識的に「Ways of Thinking(思考の方法)」を取り入れるのが大事です。
――教えられた通りにプログラミングするだけではダメということですね。では、どのように「Ways of Thinking」を取り入れればいいのでしょうか。
プログラミングを通して何を成し遂げたいのか、目的を定めるといいと思います。コンピューターは単純作業は得意ですが、「まだないもの」を生み出すことはできません。機械に仕事が奪われると騒がれていますが、住み分けがなされるだけで、イノベーションを起こすようなクリエイティブな仕事は人間のやることとして残るでしょう。新しいものやしくみをつくることを目的にするとよいのではないでしょうか。

教室で、大勢で学ぶことに意味がある
――美馬先生が公立はこだて未来大学で取り組んでいる「プロジェクト学習」について教えてください。
プロジェクト学習は、学習者でチームを組み、自分の身の回りにある課題を取り上げて、地域社会と接点を持ちながら研究・発表を行う学習方法です。教室で受動的に学ぶ授業とは趣が異なります。具体的には、はこだて未来大学は情報学系の大学ですから、課題を解決するためのシステムの構築を目指します。
――いままでどのようなシステムが生まれたのでしょうか。
病院にご協力いただいた例では、お年寄りの認知症を予防するためのタブレットゲームや、手術前の子どもの恐怖を緩和させるため、キャラクターがやさしく手術について説明するソフトなどがあります。役所にヒアリングして、町を活性化させるための観光案内アプリを考えたグループもいました。現場の人たちと具体的な問題を話し合ったからこそ生まれたものばかりです。
――そのようなゲームやアプリを、学生のうちから作れるようになるんですね。
1~2年時にプログラミングを学んでから、3年生時にプロジェクト学習を実施します。プロジェクト学習の、現実の課題を解決するプロセスの中で、学生は1~2年生のときに得た技術を意識的に学び直そうとします。そうしないと作り上げられないからです。グングン成長していきます。

――プロジェクト学習による学生の変化は、ほかにありますか。
顔つきが変わります。地域の人と関わり、期待されて責任感が生まれるのでしょう。本当に役に立つものをつくろうと真剣に取り組みます。
学生に取ったアンケートからは、協調性が上がったとか、話し合いが上手にできるようになったという回答も得られています。チームを組んで議論することで、ひとりでは思い付かないアイデアが発見できること、自分とは違うやり方があることも実感しているでしょう。
いまやEラーニングのように、家にいながら世界中の授業を受けることだってできます。では、なぜ学校に行くことが大事なのか。他の人の考え方や学び方が刺激として入ってくるからです。周りが見える環境はすごく大事です。学校の存在価値は、今後はそちらに重点が置かれていくのではないでしょうか。

親もプログラミングを始めてみよう
――プログラミング教育が始まるにあたって、親はどうすればいいでしょうか。
私は、親もプログラミングを学ぶべきだと思います。それも、子どもとは別々に学ぶといい。以前、日本科学未来館の副館長をしていたときに、子どもの科学実験教室を行っていました。すると保護者の方、特に母親の多くは子どもが実験している様子を遠目に見ながら親どうしで話をしているのです。教育熱心で学びの場に積極的に連れていくのはよいけれど、子どもが何を学んでいるかまでは踏み込んでいかない。
――親どうしの情報交換に夢中になってしまうのでしょうか。
そうかもしれません。ですが、大人も好奇心を持って学ぶことは大切です。そう思って試しに、大人を対象に人工ダイヤを作る講座を企画してみました。すると、みなさんとても興味津々に取り組まれ、「小中学校のときの実験のようで楽しかった」とおっしゃってくださいました。さらにうれしかったのは、自宅に戻ってから実験のことをお子さんに話した方が多かったこと。私はプログラミングもこうであったらいいと思います。
――学びの楽しさを子どもと共有するということでしょうか。
そうです。子どもがプログラミングを楽しいと思っても、誰かがその気持ちを理解してあげないと、子どもは興味を失ってしまうかもしれません。親子で楽しさが共有できれば会話が弾み、お互いにアイデアを出し合ったりして、子どものやる気にもつながると思うんです。
――親子で一緒に学んでも共有できるように思うのですが、違うのでしょうか。
一緒に学ぶと、親はどうしても親目線で一歩引いてしまったり、教え諭そうとしたりしてしまいます。教室を別にすることで、お互いにフラットな状態で学ぶことができ、家に戻ったときに同じ目線で話すことができると思います。

――保護者の方向けのプログラミング教室があってもよさそうですね。
いいと思いますよ。教室は別々だけど、発表会は一緒にやってもいいかもしれません。子どもの発想に驚いたり、逆に「お母さんすごい」なんて言われたり、とても盛り上がるのではないでしょうか。
社会全体が変化していくわけですから、21世紀型スキルが必要なのは子どもだけではありません。未来をより楽しく、充実したものにするために、親子でプログラミングを始めてみるのもいいのではないでしょうか。