プログラミング必修化など教育が変わろうとしている中、
教育ジャーナリストが考える子育てと学校選びとは?

取材・文 中川明紀/写真 布川航太
2020年は教育改革の年です。プログラミング必修化以外にも新しい制度が導入されようとしています。独自の教育法を取り入れる小学校や中学校も増え、日本の教育は大きな転換期を迎えています。その中で、どのような学びが子どもに大切なのか、親の役割はどこにあるのか、教育ジャーナリストの中曽根陽子さんに伺いました。

Profile:中曽根 陽子
教育ジャーナリスト。株式会社小学館勤務後の1994年、子育て中の母親たちと『子どもとでかける大阪あそび場ガイド』(メイツ出版)を製作。シリーズ累計50万部のヒット作となる。2004年には女性の力を活かした情報発信ネットワーク「ワイワイネット」を発足し、数多くの書籍をプロデュース。さらに2014年、母親の知的探求力を育てるプラットフォーム「Mother Quest(マザークエスト)」を立ち上げ、ワークショップや講演会を定期的に開催。雑誌や新聞などに幅広く執筆するほか海外の教育視察や講演も行なう。『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)など著書も多数。
中曽根陽子公式サイト / Mother Quest / 1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい 晶文社刊/1620円(税込)
今の日本の教育では世界に通用しない!?
――2020年に教育改革が行われようとしています。日本の教育はこれからどう変わっていくのでしょう。
もっとも大きな改革は大学入試です。マークシート方式のセンター試験に代わって、記述問題を中心とした新たなテストが導入されます。これまでの暗記力を重視したテストから、その暗記力をもとに思考力や判断力、表現力を測るテストに移行しようとしているのです。
――なぜ、試験方法を変える必要があるのでしょうか?
一言で言えば、世の中の急速な変化に対応するためです。ITの発展によってグローバル化が加速し、海外とのビジネスが一般的になりました。また、少子高齢化で労働力が不足し、外国人労働者の雇用も広がっています。これからは、グローバルな視野を持ち、イノベーションを興せるような人材が求められていますが、これまでの教育ではそのような人材を育成できないと危惧されているのです。

――少子化で大学に入りやすくなっているため、全体のレベルも下がっていると聞きます。
そうですね。それに、授業のほとんどが日本語ですから留学生も学びにくい。日本の大学の国際的な評価も下がっています。
――たしかに、イギリスの教育専門誌『タイムズ・ハイヤー・エデュケーション』が発表した世界大学ランキング(2016~17年)でも、トップ100に入ったのは2校でした。東大が39位、京大が91位という結果です。
このままでは日本は激しい国際競争についていけません。変化のスピードが速い世の中に順応し、イノベーションを起こせる人材を育てないといけない。そうして教育の見直しが始まったのです。「21世紀型の能力」を身につけられる新しいカリキュラムにしようと。
――21世紀型の能力とはどのようなものでしょうか?
これからの社会で求められる資質や能力のことです。グローバル化やIT化が今後いっそう進むことを見据えて、将来をになう子どもたちが、それに対応して生き抜いていくために必要な能力を整理したもので、これからの学校教育で育む力の目標とされています。かいつまんで言えば「言語や情報といった基礎力をもとに思考して問題の解決策を見出し、さらにそれを実践できる能力」とされています。
そして、その能力を育成する教育方法の一つがグループディスカッションやディベート、また演習や実技を重視した「アクティブ・ラーニング」といわれる「双方向型の学習」です。これまでの教育は、大学入試に向けて一生懸命に暗記するような詰め込み型が主流でした。
――ただ暗記したものって、すぐに忘れてしまうんですよね(笑)。
そうですよね(笑)。もちろん知識を覚えることは重要ですよ。ただそれだけではなく、その知識をベースに思考し、新しいものを作り出すといったこれからの時代に必要とされる能力も育てるため、大学入試を頂点として、大学につながる高校も、さらには中学校や小学校まで見直そうというのが、今回の教育改革の目的です。

論理的思考は世界の共通言語
――プログラミング教育が必修化されるのも、一連の流れによるものなのでしょうか。
そう考えていいと思います。プログラミングは論理的思考を培います。プログラムはコンピュータに正確に順序立てて命令しないといけないので、プログラミングを行うことは物事を筋道立てて考える訓練になります。
これは、拙書『1歩先行く中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』に掲載されている、開成学園の校長先生でいらっしゃる柳沢幸雄さんの対談での言葉ですが、「論理は世界の共通言語」だということです。歴史や文化、社会的背景が異なる人とお互いを理解しようとするときに、唯一共通で認識できるのが論理なのです。
――表現方法は違っても、論理、つまり物事の道筋は同じですからね。
そうなんです。だから、グローバル化する世の中を生きるためには論理的思考が重要なのです。子どものころからそういった思考方法を身につけていくためには、プログラミング教育は役に立つのではないでしょうか。
――プログラミングの技術という面ではどうでしょうか。
小中学生の授業でスキルが身につくところまでは難しいでしょうけれど、IT分野に興味を持つ子どもを増やしたいという狙いはあると思います。
もはや、IT抜きではビジネスが成り立たない世の中です。にも関わらず、日本は欧米やアジアの成長国と比べて圧倒的にエンジニアが少ない。韓国は6割くらいの学生が理系に進んでいるのに対し、日本は2割程度だそうです。文系であってもプログラミングをある程度理解しておいたほうが、仕事の話を進めるうえで深い話ができますよね。
――私たちの生活環境もどんどんIT化されていますしね。
これからは情報処理のような仕事はAIが行うようになり、人間には発想力や想像力が必要な仕事が求められるようになります。

グローバル教育を目指す学校が増えている
――中曽根さんは教育ジャーナリストとしてたくさんの学校を見てこられたと思いますが、今回の教育改革に先駆けて先進的な取り組みをされている学校について教えてください。
小学校では2020年から英語教育も本格化しますが、すでに授業に取り入れている学校も少なくありません。それも英語を教えるだけではなく、算数の授業を英語で教えるような「イマージョン教育」です。なかでも神奈川県相模原市にあるLCA国際小学校はイマージョン教育にとても力を入れています。
――グローバル化に対応するためには英語は欠かせません。具体的にどのような特徴があるのでしょうか。
教師の半数が外国出身の英語のネイティブスピーカーで、バイリンガルを育てるという目標を掲げ、国語以外の授業は基本的に英語で行われています。また、勉強以外の体験をすることが国際人としての成長に重要と考え、授業に取り入れている点も特徴的ですね。
――勉強以外の体験とは?
歴史的建造物を見たり、自然に触れたり、教科書からは得られない驚きや感動を得ることだそうです。
私も自分の子どもをいろいろな場所に連れていきました。奈良時代の勉強をしていたら東大寺の大仏を見にいくといったように。感受性が豊かになりますし、新たな興味を持つかもしれません。ヤフー株式会社CSOの安宅和人さんは、「これからは妄想力が富を生む時代」だと言っています。
――どういう意味でしょうか。
想像力がイノベーションの原動力になるということでしょう。想像力・妄想力を育てるには、やはり子どものころの体験が大事。子どもが何かに熱中しているのを止めてしまっては、可能性の芽をつぶしてしまいます。
――なるほど。そのような体験を大事にしている学校はほかにありますか。
例えば、東京の昭島市にある啓明学園初等学校ですね。約3万坪もの広大な敷地には森もあって、その自然の中で遊ぶ時間を設けているんです。花の香りをかいだり、虫を捕まえたりしながらいろいろな発見をさせる。アクティブ・ラーニングの草分け的な学校ですね。こちらには中高もあって、海外の大学に行く生徒もかなりいるようです。

――中学校でいうと、「御三家」などは以前からアクティブ・ラーニングを取り入れていると聞きます。
そうですね。中学校で最近人気なのは、アクティブ・ラーニングも含めて21世紀を見据えた教育を前面に打ち出している学校です。たとえば東京の渋谷区にある広尾学園では、「医進・サイエンスコース」という理系に特化したコースを設け、大学にも劣らない研究設備を整えています。
三田国際学園(東京・世田谷区)や和洋九段女子(東京・千代田区)は双方型授業やICT教育に力を入れていますし、桐朋女子(東京・調布市)は「デュアル・ランゲージ・プログラム」という中高の6年かけて英語で論理を組み立てる能力を身につけるカリキュラムをスタートさせました。
――学校もグローバルな教育を目指して多様化しているんですね。
今後はもっと増えていくと思います。これからは偏差値ばかりを気にせず、いろいろな視点から学校を選んでいく必要があると思います。親は子どもの性格や得意とすること、将来を見据えて学校を探し、提示してあげなければなりません。

失敗を重ねることで子どもは成長する
――これからの時代、学校選びに限らず、親はどのように子育てに取り組んでいけばいいのでしょうか。
世の中が急速に変化していて、何が起こるかわかりません。もはや、いい大学に入学すればいい会社に入れて一生安泰、なんてことはないのです。それなのに親が隅々まで手出しをしていては、子どもは生き残る術を学ぶことができない。子どもの意思を尊重し、失敗してもそれを糧として次に進めるような強い心を育ててあげることが、親の務めだと思います。
教育熱心な親ほど、過保護になって子どもを委縮させてしまいがちです。そうではなく、子どもが興味を持ったことは失敗してもいいからやらせる。失敗したら、なぜ失敗したか試行錯誤させる。それを繰り返すことが成長につながるのではないでしょうか。
――失敗するほど人間力が高まるということですね。
ノーベル賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授も、大学の成績がよかったわけでもなく手先も不器用で、決して順風満帆ではなかったと聞いています。でも失敗や挫折にめげず、試行錯誤してきたことが今につながっているのだと私は思います。

――子どもの意思を尊重するためには親も変わらなければいけない気がします。
そうですね。子どもの失敗を受け入れる度量が必要です。また、学校選びにしても、距離や金銭面で行きたい学校には行かせられなかったり、反対に受験は成功しても先生との相性が悪かったりと、ご縁の部分も大きいですね。そのようなマイナス面があっても、そこからどうすればプラスに転換できるかを考え、子どもが自分で道を切り開いていける力を身につけさせるのも親の役割です。そのためにも、親元にいる間に小さな失敗を乗り越える体験をたくさんさせてほしいですね。
――教育改革の中で、子どもとどう接していけばいいか不安な保護者の方も多いかもしれません。
自分だけでやっていくことは難しいと思います。私が「マザークエスト」というお母さんたちの学びのプラットフォームをつくったのもそのためです。ワークショップや講演会を通じて親自身が探求する場です。子どもの成長のためには、親もまた視野をひろげ成長していかなければ、今の世の中の変化にはついていけなくなると思うのです。また、みんなで協力して子どもを育てるくらいの気持ちでないと、お母さんたちは大変です。できるだけ多世代の親たちをつないでいきたいと思っています。
――プログラミングのような新しい教育は、とくに情報交換ができると心強いですよね。
プログラミング教育なんかは、親も一緒に取り組んでもいいかもしれないですね。わからないと学校に押しつけず、同じ目線に立って試行錯誤することで学びの面白さや発見を共有できる。そこからお子さんの気持ちや考えが見えてくることもあるのではないでしょうか。