AIはこれからどう進化していくのか、
その中で子どもは何を学ぶべきか、AIの専門家に聞きました!

取材・文 中川明紀/撮影 徳永 徹
近年、注目を浴びているAI(人工知能)。Googleが開発した囲碁AIがプロ棋士に勝利した事実は世界中に衝撃を与えました。iPhoneに搭載された音声アシスタント「siri」や人型ロボット「Pepper」など、すでに私たちの周りにもAIが登場しています。AIはこれからどう進化していくのか、その中で子どもは何を学ぶべきか、AIの研究者である東京都市大学の大谷紀子教授にお聞きしました。

Profile:大谷 紀子
東京都市大学メディア情報学部情報システム学科教授。1993年東京工業大学工学部卒業、95年同大学大学院修了(情報工学専攻)。キヤノン株式会社、東京理科大学理工学部助手を経て、02年から東京都市大学に着任。14年4月より現職。AIによる自動作曲や土地利用のシミュレーションなどの研究を進めている。共著に『アルゴリズム入門』(コロナ社)。
AIが人間の好みに合わせて作曲する!?
――大谷先生はAIの研究者として活躍されていますが、そもそもAIとは何でしょうか。
実はAIの定義は、トップレベルの研究者の間でも統一されていません。機械学習や音声認識、遺伝的アルゴリズムといったさまざまな分野がありますが、人によって解釈が異なる複雑なものです。そのことを踏まえたうえでかみ砕いて言うと、「学習や推論など人間が行っている知的な活動をするコンピュータのこと」でしょうか。
――コンピュータが自発的に知的活動を行うのですか?
現時点では、まだそれはできません。目的に沿ってAIに学習させる必要があります。たとえば、何枚ものネコの写真を見せます。そうするとAIは、それらの共通点をピックアップしてどういうものがネコなのか学習するんです。「4本足で毛があって耳があるものはネコ」というように。
――あらかじめネコがどういうものか教えるんですか?
いえ、与えられたデータから共通する特徴を抽出して推測するんです。だから、ネコの写真だけを学習させたAIにイヌの写真を見せても「ネコ」と答えます(笑)。イヌやヒツジの写真も学習させることで、「4本足で毛があって耳があるもの」がネコの基準でないことを学ぶんです。
世界トップクラスの囲碁棋士に勝利したGoogleのAI「AlphaGo」は、十数万局の棋譜を学習したそうです。データが多いほどAIの精度は上がります。

――大谷先生はどのような研究をされているのでしょうか。
いまもっとも力を入れている研究は「AIによる自動作曲」です。それも、万人が聴いて「いい」と思う曲をつくるのではなく、特定の人に特別な感情を湧き上がらせるような作曲が目的です。たとえば、Aさんが落ち着きたいと思ったときにはリラックスできる曲を、奮起したいときは気持ちを盛り上げるような曲を、Aさんに合わせてつくるんです。
――同じ気持ちであっても、AさんとBさんでは違う曲ができるということですか?
そうです。まず、Aさんが普段落ち着きたいときに聴いている曲をAIに学習させます。それらの曲からリズムや音の並びなどの特徴をAIが割り出して作曲する仕組みです。人によって感性は異なるので、選ぶ曲も違ってきます。だから違う結果が出るのです。しかも割り出した特徴に合う曲を次々と見つけ出す仕組みなので、同じ人でもつくるたびに違う曲ができます。
――毎日気分に合わせて違う曲が聴けたら、生活の質が上がりそうですね。
まだ実証段階ですが、将来はこれを応用して、医療分野における音楽療法などでの実用化が期待できますね。
――実証段階ということですが、効果はどうですか?
昨年、「ワライナキ」というフォークデュオと、大阪大学産業科学研究所の沼尾研究室と一緒に、共同募金運動70周年記念の応援ソングをつくりました。多くのファンが好んでいるワライナキさんの楽曲から、「助け合い」などがテーマのものをAIに学習させてつくった曲です。大阪府の小学校でこの曲をかけながら募金活動を行ったところ、通常の約3倍の募金が得られました。
――すごいですね!
ただ、これはAIの力だけではありません。AIがつくったメロディは「合格点かな」程度の印象だったんですが、ワライナキさんが詞をつけ、演奏しながら歌ったものを聴いたときは感情が揺さぶられました。人間の表現力の豊かさに、AIはまだまだ及びません。AIの台頭によって人間の仕事がなくなってしまうと心配している人も多いですが、AIにできないこともたくさんあるんです。

AIは進化し続ける
――AIが私たちの生活に身近になるのはいつごろでしょうか?
具体的にいつとはいえませんが、家電にAIが搭載されるとグッと身近に感じられるようになるでしょうね。企業も積極的に取り組んでいて、テレビに接続すればユーザーの趣味嗜好に合う番組を教えてくれるプレーヤーなんかも登場しています。
――すぐそこまで来ているんですね。
30年後には、自発的に学習したり、クリエイティブなことができるAIも登場しているかもしれませんよ。
――可能性があるんですか?
ハードウェアも、AI自体も、もっと進化するはずなので「ない」とは言い切れません。いまAIが騒がれているのは、2012年に1000万枚のネコの画像を学習したコンピュータが、ぼやけたネコの画像をちゃんと判別したことがきっかけです。でも、その根本となる技術は50年以上前に開発されていました。ただ当時は、それだけの学習と分析をできるハードがなかった。
――ハードウェアの発達とともにAIも進化するということでしょうか?
基本的には、そうですね。AIブームも実は今回が3回目で、最初は1950年代半ば。2回目は1980年代です。2回目のときは「エキスパートシステム」という人間の専門家の知識や経験を規則化することで問題の答えを出すシステムが登場して、産業界でもてはやされました。
――それがだめになってしまったのはなぜですか?
エキスパートシステムは記号を理解するだけで、知識や経験にもとづいた応用力がありませんでした。未知の事例に対応できないので下火になったんです。その後、AI冬の時代がやってくるわけですが(笑)、研究者たちは変わらず研究を重ね、ハードは大きく発展し、学習データを応用できるようなAIが生まれました。AIは進化し続けているんです。

プログラミングを学んだほうがAIを使いこなせる
――AIもプログラムからできていますよね。そう考えると、2020年から始まるプログラミング教育は、AIの進化にとって重要なファクターになりそうですね。
そう思います。ただ、みんながAIの複雑なプログラムを理解する必要はありませんし、誰もがAI研究者になるわけでもありません。それでも、プログラミングの基本的な知識があれば、AIとの接し方がわかるはずです。
たとえば、人間は状況を踏まえて言葉を理解しますが、コンピュータにはそれができません。「友達とケーキを食べた」と言われたときに人間は、「友達と一緒にケーキを食べた」と単語と単語の間を補完して考えることができます。一方、コンピュータは文字通りに解釈してしまいます。
――「友達もケーキも食べた」と読み取ってしまう可能性があるわけですね。
その通りです。コンピュータがどのように処理をするか理解していたら、きちんと伝わるように命令できるはずですよね。コンピュータがうまく作動しないときにも、的確に対応できると思うんです。
――思い通りに動かないからといって、イライラしてパソコンを叩いたりもしなくなりますね(笑)。
コンピュータに問題が起こるのは、人間がそのようにプログラムを組んだからです。プログラミングの経験があれば、プログラムに問題があると気付くことができたり、目標を達成するために効率のよい使い方を考えたりできるようになります。AIを上手に使いこなせるようになるわけです。

――大谷先生は大学のプログラミングの授業も持たれているそうですが、学生に教えていて気づいたことはありますか?
最近の新入生を見て思うのは、キーボードを打てない学生が多いことです。それでプログラミングが嫌になってしまう学生が少なからずいます。プログラミングが必修化されるにあたっては、キーボードに慣れさせるなど、プログラミングとは別の要素で子どもが挫折してしまわないよう、工夫が必要かもしれません。
プログラミングは横着な人のほうが伸びる
――プログラミングの授業でのみ込みが速い学生に共通した特徴はありますか?
やはり、興味を持って取り組んでいる学生は伸びます。それから真面目すぎないほうがいいですね。プログラミングは横着なほうが向いていると思います。
――きちんとしているほうがいいイメージがあるので意外です。
何年か前に、何でもコツコツと自分でやってしまう学生がいました。プログラムを組めばすぐできるデータ処理も手作業でやるんです。とても優秀な学生だったのですが、コンピュータを活用するという観点からは、いいことではありません。
このデータ分析を自分でやるのは面倒だからプログラムを組もう。このデータを処理するまで何十分も待つのは嫌だから高速化しよう。そんな「横着な」考え方が大事だと思います。

――プログラミングを学ぶにあたって必要だと思うものはありますか?
プログラミングに限ったことではありませんが、英語はできたほうがいいですね。優れたアイディアが世界各地に登場している中で、言語がハードルになって外国の人とコミュニケーションがとれないことは、機会損失だと思うんです。
――学生のうちに海外で学んだほうがいいのでしょうか?
チャンスがあれば出ればいいし、出なくても日本で英語に触れる機会を積極的につくるとよいでしょう。都市大にいるネイティブの先生は日本語もできますが、できるだけ学生と英語で話してもらっています。
ときにはランチミーティングを開いて学生を集め、先生と話す機会を設けたりもしています。正しい文法で話す必要はないから、英語を使うことに慣れなさいと言って。
――日本人は正しい文法かどうか気にして話そうとしない人も多いですからね。
日本人のきちんとした民族性はいいことなんですが、悪く働くこともあります。極端に言えば、相手に伝われば単語の羅列でもいい。コミュニケーションをとることが重要なんですからね。
真面目すぎず、横着なくらいでいいと思う。そういう意味では柔軟性の高い小中学生のうちにいろいろなことに触れ、興味の幅を広げる教育は大切です。そして、私個人としては、プログラミングを通してAIの開発に興味を持つ子どもが増えてくれたらうれしいですね。