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第9回 セルフエスティームが未来の扉を開く

  • 連載 大川翔
  • 2019.11.25

大川翔(おおかわ・しょう)

1999年生まれ。5歳のときカナダへ。9歳でカナダ政府にギフティッドと認定され、12歳で中学を飛び級し高校進学。2014年春、ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)、マギル大学、トロント大学などカナダ名門5大学に奨学金付きで合格し、話題となる。同年6月、14歳でトーマス・ヘイニー高校卒業。同年9月、UBC入学。2015年1月、カナダ総督アカデミック・メダル賞受賞。2016年12月、UBCサイエンス学部長賞受賞。2017年夏、アメリカ・グラッドストーン研究所(山中伸弥教授)にてインターン。2018年5月、18歳でUBC卒業(バイオロジー・オナーズ)。同年7月、孫正義育英財団第2期生に合格。同年8月から、東京大学先端科学技術研究センター(谷内江望准教授)にて研究開始。2019年4月、19歳で慶應義塾大学大学院(修士課程)入学。同年8月からトロント大学にて研究中(東大先端研とトロント大学の共同研究に従事)。著書に『ザ・ギフティッド 14歳でカナダのトップ大学に合格した天才児の勉強法』(扶桑社)、『僕が14歳で名門5大学に合格したわけ』(学研プラス)がある。

もしそうとわかっていたら、完璧に一番になることができたのに

ヘルマン・ヘッセ(※1)の小説、「車輪の下」の中に、主人公のハンスのこんな言葉があります。神童と呼ばれるハンスは、神学校の試験期間中に同じ受験生たちの言動に惑わされて自信を失い、本来の実力を発揮できずに試験を終えます。でも結果は2番の成績で合格でした。その時のセリフです。

“If I’d known that,” he blurted out, “I could have come in first.”

「もしそうとわかっていたら」彼は突然言った、「完璧に一番になることができたのに」。

その後、ハンスは希望に燃えて入学し、周囲の期待に応えようと自分を犠牲にしてまで勉強に打ち込みます。しかし、詰め込み主義の画一的な教育に耐えられず、再び自信を失い、反抗的になって故郷に帰されます。そこでも適応する場を見出せず、ついには生活に疲れて死に至るという破滅の物語です。ハンスから生きる力を奪ったのは、学校の色に染まらない学生を排除しようとする教育者たちの圧力と、脱落者に対する故郷の人たちの冷たい目だったと思います。この作品が発表されたのは今から100年以上前のことですが、現代でも色あせない問題を提起していると思います。

首席での合格をのがしたときの彼の言葉は、僕の心に重く響きました。「結果を出せるのだと自分で自分を信じられていれば、もっと実力を発揮できたはず」。何かに真剣に取り組んだことのある人なら、ハンスの気持ちがよくわかるのではないでしょうか。いまの日本にだって、ハンスのように世間からの評価に自信を失い、余りある才能を活かせずにいる人はたくさんいると思います。

(※1)ヘルマン・ヘッセ:ドイツ生まれのスイスの作家。主に詩と小説によって知られる。20世紀前半のドイツ文学を代表する文学者。1946年にノーベル文学賞を受賞した。

「人と違うことをする人」がぶつかる壁

「出る杭は打たれる」なんてことわざがあります。学校などで集団生活を送っていると、そんな場面に出くわすことがあるかもしれません。和を乱す行動は、集団において攻撃の対象になり得ます。

僕自身の体験で言えば、飛び級した時点で、僕はいわゆる既存のレールから外れてしまいました。普通ではないレールに乗り換えてしまったわけです。ここから変人扱いをされるようになりました。その選択に不安がなかったと言うと嘘になりますが、幼くてよくわかっていなかったというのもあります。ちなみに、なぜそんな行動をとったかというと、そちらの方が面白そうだと思ったからです。

人と違うことをすると、世間からの風当たりは強くなります。たとえ、「自分が楽しいから」という理由で選んだ道だとしても、レールから外れると、余計なことに神経を使わなくてはならなくなる場合があります。世の中、好意的に見てくれる人ばかりとは限りません。誹謗中傷とまではいわなくとも、ネガティブなことを言う人はたくさんいます。僕の体験を特殊な事例としてとらえる方もいらっしゃると思いますが、程度の差こそあれ、人と違うことをする人は必ずこうした壁にぶつかるものだと思います。

「異能」であるとはどのようなことなのか?

14歳で大学に合格したときに受けたインタビューで「日本にも僕のような人はたくさんいる」と言ったところ、「アニメの見すぎ」、「ライトノベルの読みすぎ」などと揶揄されたことがあります。ただ、日本には飛び級などの制度がないため、あまり顕在化しなかっただけで、人と違う才能を持った人たちはこれから続々と現れるだろうと思っていました。

実際に、僕が所属している孫正義育英財団には、合計で187人の財団生がいます。彼らはみな常識はずれの活動をしているため、財団生たちは異能集団と呼ばれることがあります。こうした人たちが表に出るようになったところを見ると、当時の僕の意見があながち見当はずれではなかったとわかっていただけるのではないでしょうか。

常識はずれや型破りの行動をとると、常に批判の対象となり、目に見えない圧力がかかります。しかし、ハンスのように潰れてしまう人たちがいる一方で、こういった批判や圧力に屈せず、やる気を継続できる人たちもいます。孫正義育英財団の財団生たちは後者に当たります。やる気に満ちあふれていたとしても、だれもがそれを継続できるわけではありません。重要なのは、壁にぶつかったとき、逆境に立ち向かう気力があるかどうかです。「異能」とは世間の評価にも己を曲げず、あきらめずに挑戦しようとする者に与えられし称号なのだと思います。

孫正義育英財団の財団生にあって、「車輪の下」のハンスになかったもの

実は異能集団、孫正義育英財団の財団生たちには、ある共通点があります。それは、彼らには「セルフエスティーム」、つまり「できるという自信」があることです。僕は、勉強に限らず、何かを成し遂げる上でこの「セルフエスティーム」が一番大事ではないかと思っています。これがなかったら、僕も、そして他の財団生の方々も「車輪の下」のハンスと同じく潰れていたかもしれません。

「セルフエスティーム」は、Self(自己)と、Esteem(尊重、称賛)という2つの単語からできています。つまり、「セルフエスティーム」とは「自己肯定感」、すなわち、自分自身を価値ある者だと感じる感覚のことです。

「セルフエスティーム」を辞書で調べると、「自尊心」「うぬぼれ」「自己愛」などの言葉が出てきます。日本語で「うぬぼれ」というとネガティブな意味に聞こえますが、英語の「セルフエスティーム」には、ネガティブな意味は一切ありません。ここがポイントです。訳としては「自分の人格を大切にする気持ち」や、「自分の思想や言動などに自信をもち、他からの干渉を受けつけない態度」などがしっくりきます。

僕はカナダで、この「セルフエスティーム」がとても大事だということを習いました。長所も短所も含めて、自分自身を好きだと感じること。自分を誇りに思う気持ちがあれば、見栄を張る必要はなく、他者を軽んじることもありません。自分がかけがえのない存在だと感じることこそが自尊感情であり、自己肯定感というものです。それは、決して人に威張ったり、人を攻撃したりするという意味ではありません。

前回の記事で、僕は、未来は「やる気格差社会」になるという話をしました。やる気は、受け身にならず、能動的に活動するための動力源です。しかし、先にもお話ししたように、やる気があることで周囲から疎ましく扱われることがあるかもしれません。行動に失敗はつきものですし、その姿が滑稽に見え、鼻で笑われることもあるでしょう。そんなときに、笑われても突き進む勇気が必要になります。だからこそ、「セルフエスティーム」を持つことが、やる気を継続し、物事を成し遂げるために必要だと僕は感じています。

では、どうすればセルフエスティームを持てるようになるのでしょうか。それについては、僕の体験を含め、次回の連載でお話ししたいと思います。

トロントからの近況報告

最後に、僕の近況報告です。所属している東京大学先端科学技術研究センターの谷地江研究室と、カナダにあるトロント大学のFritz Roth研究室との間に共同研究が持ち上がったため、そのプロジェクトの担当研究員として、今夏から秋にかけてトロント大学で研究に従事しています。

トロント大学の建物は、「ハリー・ポッター」に出てくるホグワーツを彷彿させるものがあります。実際に、セント・ジョージ・キャンパスのなかで最も歴史があるビクトリアカレッジは、映画「ハリー・ポッター」のダイニングホールのモデルになっているのです。そこにいると、映画のワンシーンに登場したような気分になれます。

少しだけ今回の研究内容をご紹介します。トロント大学のRoth研究室は、次世代シーケンサーを用いたDeep Mutational Scanning法を先駆的に行っています。しかし、現在の方法論では遺伝子中の位置による変異の重要性や各変異の影響しか観測できず、多重的な変異の影響を観測することができません。他方、東京大学と慶應義塾大学の谷内江研究室では、目的のDNA配列を多重的に集積できる新規のクローニング手法が開発されており、これを応用すれば問題解決できる可能性があるというわけです。現在、トロント大学内の研究室で鋭意研究活動中というわけです。

先日、孫正義育英財団の第3期生で、トロントに在住している10歳の田中琥太郎くんにお会いしました。彼は幼い頃から動物が大好きで、夢は「動物としゃべること」だそうです。僕に憧れて、財団生に応募したと話してくれました。「僕がインフルエンサー(※2)になっているのか。頑張っている甲斐があったなあ」と思うと同時に、後輩の模範となるよう気を引き締めなければと気持ちを新たにしたところです。

(※2)インフルエンサー:世間に与える影響力が大きい行動を行う人物のこと。影響や感化、効果作用を表すInfluenceを語源とする。

トロント大学のビクトリアカレッジ。歴史が深く、雰囲気満点の建物だ。

孫正義育英財団生の田中琥太郎くんと。慕ってくれる後輩がいるというのは、身の引き締まる思いがする。

 

 

 

 

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