第6回 艱難汝を玉にす
- 連載 大川翔
- 2019.6.30

大川翔(おおかわ・しょう)
1999年生まれ。5歳のときカナダへ。9歳でカナダ政府にギフティッドと認定され、12歳で中学を飛び級し高校へ進学。2014年春、ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)、マギル大学、トロント大学などカナダ名門5大学に奨学金付きで合格し、話題となる。同年6月、14歳でトーマス・ヘイニー高校を卒業し、同年9月にUBCへ入学。2015年1月、カナダ政府からカナダ総督アカデミック・メダル賞受賞。2016年12月、UBCサイエンス学部長賞受賞。2017年夏、アメリカ・グラッドストーン研究所(山中伸弥教授)にてインターンを経験。2018年5月、18歳でUBCを卒業(バイオロジー・オナーズ)。同年7月、孫正義育英財団第2期生に合格。8月から、東京大学先端科学技術研究センター(谷内江望准教授)にて研究を開始する。2019年4月、19歳で慶應義塾大学大学院(修士課程)に入学。著書に『ザ・ギフティッド 14歳でカナダのトップ大学に合格した天才児の勉強法』(扶桑社)、『僕が14歳で名門5大学に合格したわけ』(学研プラス)がある。
インド人はなぜITに強いのか?
小学校における英語の教科化、そして、プログラミングの必修化を2020年に控えている日本ですが、先んじて英語とプログラミングに力を入れ、取り組んできた国があります。それがインドです。インドというと、カレーや、仏教発祥の地などのイメージを持つ方も多いと思いますが、IT強国でもあります。
インドは国をあげて、英語と数学、そしてプログラミングの教育に力を入れており、IT分野では今や世界のトップレベルに君臨していると言えるかもしれません。インドからGoogleやソフトバンクなど、世界的に有名なIT企業のCEOが輩出されたのもうなずけます。マイクロソフトでは、その社員の約30%をインド系人材が占めているとか。IT系の米国大学院への留学生数もインドが世界1位だと聞いたことがあります。また、世界のプログラマーの約1割はインド人であるとさえ言われています。
インドは「0(ゼロ)」の概念を生んだ国。伝統的に数学に強く、九九は2桁まで学んでいたりします。インド人恐るべしです。実際、僕の知り合いのインド人も数学に強い人が多かったです。また、インドはイギリスの影響を強く受けており、英語を話すことが前提の社会になっています。これも世界で活躍するうえで、ひとつの大きなアドバンテージです。強い数学力と語学力をベースに、IT産業に参入するインド人が増えているようです。
しかし、なぜインド人は、これほどまでにITへの意欲が高いのでしょうか? インドでは長い間、カースト制度によって、生まれながらに先祖と同じ職業に就くことが決められていました。これは、インドの発展を大きく妨げていたと思います。1950年に制度が撤廃され、先祖とは違った職業に就くことが可能になりましたが、長らく続いた慣習は簡単に変わるものではありません。その中で、ITという、従前のカースト制度の枠組みにはなかった新しい産業が出現し、今までと全く違った生き方を選べるようになりました。これが、多くのインド人がITエンジニアを志す理由の1つのようです。貧しい村に生まれても、彼らは大学を目指し、ITのスキルを習得しようとします。そうすることで、カースト制度の枠組みから抜け出して、仕事の自由を手に入れることができるからです。
日本にも、学歴によって這い上がる、プチ下克上のような文化はあるような気がします。しかし、紹介したインドの場合は、英語、数学、プログラミングなどを重視した教育そのものが、世界を舞台にのし上がるための方法論として機能していると感じます。インドのカースト制度は長きにわたり人々を抑圧し続ける根深い問題なので、考え方や捉え方は様々だと思いますが、実態において、こういった背景事情がインド人のIT産業に対するモチベーションを高めていると言えると思います。裕福な生まれではなかったとしても、プログラミングができれば、PC1台でものづくりができ、そのうえ英語を話すことができれば、世界中のどこでも仕事ができるというわけです。
艱難汝を玉にす:Adversity makes a man wise
これまで、インドのカースト制度を例にお話ししてきましたが、「与えられた環境によって生ずる困難が人の能力を飛躍的に伸ばす」ことを自身の体験として実感したことがある方も多いのではないでしょうか。
例えば、僕自身のお話しをすると、僕は外国人であるというハンデを抱えながら、カナダで同じ学年のネイティヴよりも英語を上達させることができました。だいたい3学年上のクラスでも優秀な成績をおさめられると判断されたので、飛び級することができたのですが、僕の母国語は日本語ですし、最初から英語が得意だったわけではありません。
実を言うと、最初、カナダでグレード1(小学校1年生)だったとき、僕は英語クラスの中では最下位グループでした。出来の悪い生徒だったわけです。周りに追いつくために、学期が始まる前の夏休みには、毎日6時間くらいずつ小学校のお姉さんたちから読み聞かせをしてもらっていました。かなり大量に読み聞かせしてもらい、もう脳が溶けそうでした。しかしですね、それでもネイティヴにはまったく歯が立たない。だいぶやったから大丈夫かなと思って新学期に臨んだのですが、現実は厳しいものでした。これだけやってもダメなのかと途方にくれました。マジかよって感じです。結局、ネイティヴと同じ量を読んでいる程度じゃ追いつけないと感じたので、その後は、英語の本を読んで読んで読みまくりました。本は常に持ち歩き、空いている時間はいつも読書するようにしたのです。
結果として、丸一年かかりましたが、英語クラスで最上位グループに昇格することができ、その後はスピーチ・コンテストやライティング・コンテストで優勝したり、ブックストアーから「書評書きのアルバイト」が舞い込むほどになりました。僕がここまでできたのは、「このままではまずい!」という危機感があったからだと思います。危機感がなければ、こんなに英語を勉強しなかったでしょうし、真剣に取り組むこともなく、英語はできるようにはなっていなかったと思います。逆境の中にいたからこそ、なんとか追いつこうと必死でやった。それが良かったんだと思います。逆境に置かれたり、危機感を感じたりすることは、自分の能力を引き出すきっかけになります。ピンチはチャンスなのです!「艱難汝を玉にす(かんなんなんじをたまにす)」、「Adversity makes a man wise」です。
ですから、あなたがもし、物事が思うようにいかず、現状を変えたいという強い願いを抱いているのなら、それは大きなチャンスだと考えたらいいと思います。現代は、例えばプログラミングなど、逆境を覆すための有効な手段があります。プログラミングができるというのは、まるで魔法を手に入れるがごとく、これからの世界で現状を打破するスキルのひとつを身につけることだと僕は思っています。
スピーチ・コンテストの上位者に贈られるリボン。左から校内2位、校内1位、地区大会優勝の証。負けた悔しさが僕を成長させてくれたから、2位だった時のレッドリボンは宝物だ。
挑戦し続けよう!:Keep Challenging Yourself!
最後に、僕の近況報告です。4月から日本での大学院生活が始まり、僕はとてもワクワクしています。本格的な研究生活を送りながら、大学院の授業も履修しています。
いくつか受講している生物学系の講座のうち、前回カエルの解剖をやった講座の、20人くらいのクラスメイトの中に、69歳の方がいらっしゃいました。僕は現在19歳なので、ちょうど半世紀、50歳、年が離れています。カナダでは、年配の方が大学生になるのはよくあることなので、違和感があったわけではありませんが、さすがに69歳の方と同じクラスで一緒に学ぶというシチュエーションは経験したことがありませんでした。
最初にその方とお会いしたときは、見た目の年齢や異彩を放つ風貌から、講義を担当する方かと思ったほどです。その後、同じ学生だと知り、何歳になっても勉強し続ける姿勢、新しいことに挑戦しようとする姿勢に、とても感銘を受けました。
その方の名は、「テリー伊藤(※1)」と言います。僕は芸能界のことに疎いので、有名な方だとは知りませんでした。英語のことわざに「You are Never Too Old to Learn(学ぶのに遅過ぎることはない)」という言葉がありますが、テリー伊藤氏はこのことを身をもって実践しています。だからこそ、今でも若く、第一線で活躍なさっているのではないかと思います。プログラミングに限らず、勉強はいくつになってもできます。僕はまだ修行中の身ですが、テリー伊藤氏を見習い、いつまでも挑戦し続けたいと思いました。皆さんにも、「Keep Challenging Yourself」という言葉を贈りたいと思います。
(※1)テリー伊藤:日本の演出家であり、テレビプロデューサー。テレビ番組制作会社『ロコモーション』の代表取締役を務める。2019年現在、慶應義塾大学大学院修士課程に在籍中。